芭蕉 ~新しみは俳諧の花~ 2009
芭蕉 ~新しみは俳諧の花~
柿衞文庫 開館25周年記念特別展
・芭蕉の四日間ー立嶋滋樹
立嶋滋樹(1968年~)の<庭興即事・夕・日・夜・朝>(2009年)は、<芭蕉筆「庭興即事」懐紙>に刺激された作品である。立嶋は、「時間」と「視覚」というテーマ追求し、静けさのある表現を見せてきた。出品作は、芭蕉が美濃の本龍寺に滞在した時間を象徴的に表した木版画の連作となっている。 芭蕉は、1691(元禄四)年旧暦の九月、上方から江戸に戻るため膳所を発ったが、その途中、中山道垂井宿にある美濃の本龍寺に立ち寄っている。芭蕉はここで、「作りなす庭をいさむるしぐれかな」という句を残している。手入れの行き届いた寺の庭を眺めていると、時雨が振り出し風情が添えられた。そのような情景を詠み、住職に書き与えたのがこの書である。<「庭興即事」懐紙>には、「しぐれ」の「し」が雨のように細く書かれ、雨の静けさを視覚的に表している。 立嶋の作品<庭興即事・夕(ゆうべ)>は、芭蕉の懐紙と響きあうように、時雨のつくる細い線を表し、雨にけむる庭のようすを描いている。宿舎となる本龍寺に芭蕉が着いた時刻を夕刻と想定したものである。庭石も木々の姿も定かでないのは、日暮れに近い雨の庭園として描いているからなのであろう。立嶋は、芭蕉の旅を、残された句や江戸時代の旅行の様子から想定し、視角、時刻、天候を違えた連作として制作した。ここには芭蕉の姿はないのだが、芭蕉が目にしたものとして表されている。連作最後の作品<庭興即事・朝>は、芭蕉が江戸に向かうために本龍寺を発とうとしたときの風景ということになる。鑑賞者は、彼の作品を見ることで、風景とともに芭蕉の姿を思い描くことができるのかもしれない。 立嶋は、芭蕉の本龍寺滞在を四日間の物語としてまとめあげた。造形的な要素も物語も簡潔に表すことで、芭蕉の過ごした時間の流れがくっきりと浮き彫りにされる。この作品の制作のために立嶋は、岐阜県不破郡垂井町の本龍寺を訪ね、天候や時刻の変化に身をゆだねながら、三百年以上前、そこに滞在した芭蕉を思い、作品のイメージを醗酵させた。彼はこれまで、油彩画で異なる視角から捉えた風景を同一の画面に納めるキュビスムとも通じる表現を行ってきた。ただし、彼の作品は、日本庭園の一瞬の光景を題材とし、多視点であるとともに異時同図法的であり、ピカソなどとは全く印象の異なる表現としている。松の木が陰のように描かれた作品から、空の雲と庭園のダブルイメージを作る作品、紅葉の赤を庭の地面に映し出したかのような作品、あるいは雨粒が石庭の空間に波紋を作る作品など、わずかな時間の変化や視角の異なりが一つの画面に納められた、簡潔でしみじみとした空気を感じさせる作品となっている。彼はかつて、<slow>(2003年、油彩)のように、<「庭興即事」懐紙>の「しぐれ」と近い線を用いた作品も描いている。そのような彼の簡潔な表現は、芭蕉の句と重なっていき、見る者を歴史の流れと現代の時間が異時同図法的に重なる空想へと誘っている。森 芳功(徳島県立美術館 学芸員)
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プレスリリース |
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会 期 | 平成21年10月3日〜11月23日 |
主 催 | 柿衛文庫 |
会 場 | 柿衛文庫・伊丹市立美術館 – (柿衛文庫ホームページ http://www.kakimori.jp) |
関連行事 | |
入場者数 | 名 |
立嶋滋樹出品作品
|No| | | 作 品 名 | | | 制作年 | | | 材 質 | | | 寸 法(mm)| | | 備 考| |
1 | 庭興即事・夕 | 2009 | 紙・木版 | × | |
2 | 庭興即事・日 | 2009 | 紙・木版 | × | |
3 | 庭興即事・夜 | 2009 | 紙・木版 | × | |
4 | 庭興即事・朝 | 2009 | 紙・木版 | × |