こんばんは。

最近、フェイスブックとブログ、どちらに何を書くのがよいのか考えているうちに「いいね!」を押すのみに終始しています。この、今回の様な、だから何?っていうものが僕のブログにふさわしい。

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硯を磨いでみました。 磨ぐの?  磨ぐんです。

石の目に膠が付着して墨がおりなくなったらこうやって磨ぐのです。

僕は知りませんでした。

今まで墨を摺る際につるつるして、こんなもん? と、思っていたのは無知の氷の上を流されていただけなのでした。これは佑英さんのブロカンテで手に入れた小さな硯。なんか書いてみよ。


奈義町現代美術館の東島毅展に漂流の予定で、土曜の陽の傾きに押されて車を走らせる。日が暮れるまでに赤穂へ流されようと思ったけれど届かず、江井ヶ島に引っかかる。夜の小さな海水浴場に車を停めて火をおこし、お酒をのんで月をみる。飲みすぎた。

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明けて再び奈義に向けて漂流。あらためて地図を見ると昨日はちっとも進んでいなかったのね。ま、日が落ちるすんでに出掛けて、おだやかな海とあんな月が見られるのならまた来よう。さて姫路までをのんびり走り、そこから高速道路で快調に運ばれる。とんがった山の端が、なだらかに低く広く開けていくと奈義に近づいているのが分かる。奈義の空は広いのだ。美術館に着くと、岸本副館長とスタッフの方々が笑顔で迎えてくれてうれしかった。展覧会の最終日でもあり、古川タクさんのパラパラマンガのワークショップが開催されていて館は賑やか。東島先生、古川先生、高梁市成羽美術館の渡辺学芸員、山陽新聞大橋本部長さんと、次々ご挨拶させて頂く。成羽美術館へは伺ったことが無いし、今日は更に高梁まで流されよう。

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高梁は河の街。河に沿ってか、河を渡るか。備中松山藩の城下町。美術館は、そこから少し離れた成羽藩、旧川上郡成羽町にあるようだ。閉館少し前に着けば、御殿跡の立派な石垣と安藤建築のコントラストが新味。ゆっくり館内を巡った後、もう一度石垣を眺め、帰りもまた河に沿って高梁を後にする。夕日をうつす河の明かりと濃色の面となった山の景色はバックミラーではもったいなかったな。


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琵琶湖に雨を降らす雲

2012CAF.Nびわこ展 関連企画のアーサー・ビナード氏講演会へ出掛けました。ご本人の受賞歴はじめ、ご活躍の程はここでご紹介する必要はないとおもいます。ご自身の詩作について語られたラジオのトーク番組を僕の授業で取り上げ、学生さんに聞いてもらった事もありますね。

 徹底した観察から詩作へ登りつめようする姿勢はさわやかです。詩が生まれる瞬間は僕ら他人には分からないところですが、8合目まではこんな言葉の杖をついて登ってきたとか、途中でこんな景色を見て気付いたことがあるとか、気さくにオープンに語られるので、「ついて行けそう。」と以前ラジオでお話を聞いた際に感じました。

今日は著作の中から2冊の本にまつわるお話。

前半の本「くうきのかお」から一つだけ。

 ビナードさんは、『(対象を)「自分のものとして引き受けることが出来たとき」創作の土台が出来上がる』と言われます。そして、熊谷守一氏の絵で始まるこの本。「クマガイさんの絵は、上手く描いているなぁって感じじゃないんだけれど、ウサギがウサギを描くとこんな感じになりそうだなって感じません?」と。


昨日ご紹介した展覧会の詳細です。

角谷恭子展 ビオスとゾーエーのあいだ

2012年9月3日(月)ー8日(土)

11時ー19時 最終日は17時まで

ギャラリー白3

大阪市北区西天満4-3-3 星光ビル3F

art@galleryhaku.com

http://galleryhaku.com

テキストは、石川 翠 氏


こんにちは。今日は読書のお話です。僕は来年5月に大阪肥後橋のギャラリー佑英で「記憶」をシリーズにした企画に参加させていただく予定で、現在「記憶」過敏症です。

で、この本には大きな長いスケールの「記憶」という言葉が出てきます。動物としての私達に刻印された「おもかげ」、意志的な「回想」とは別物の記憶、といった風。東京芸大での授業や講演を基にした語り口とおもわれ、生物学の専門的な核心が、日常的な比喩と共に進んでいくのが楽しい。途中シリアスな部分もあり、胸がヒリヒリもする。最後は生命にとってのリズムという問いで神宮の遷宮の話へと広がっていく。

実は、この本を読まなければと思ったきっかけは、9月に大阪で個展をされるに先輩のその展覧会のテキストがとても印象的で、その中に引用されていました。それについてはまたお知らせや感想を書きたいとおもいます。


僕の愛した日本は、いつ、どこへ消え去ってしまったのだろう。

これが、もやもやしながら、そして、行ったところで何になるのか、でも「いかないとな、」と意味も分からず被災地を見に行き、戻り、やっと分かったことだと言える。

ニュースを見て然り。ショッキングな映像の次には筋道立った結末もない。被災を受けた人の現状を、貧しい僕の想像力で頭に描けば、次には「復興も進んでいます!」といった、ドラマを借りたニュースが流される。さて、一体、何が起こっているのか、さっぱり分からない。僕が行ったところで、全く何も、何の関係も被災を受けた方々とは築けはしないし、行って僕が見ることのできる被災地の現状など、ほんの、一面に過ぎずだ。

でも、もう、耳に入り易い情報に任せるより、自分で行って見た方がいいや。もやもやは、そういうモヤモヤだったと思う。

和泉ナンバーのレンタカーから、物見遊山にきょろきょろしている通りすがりの僕等を目にして、不快に思われた方もおられたろう。でも、行かないより、行って見て、良かったと思っている。何もできないけれど、この後、気に掛けることはできる。ニュースを見るときの自分の底ができた気がする。一度行けば、二度行ける。

三回も長々と書いていますが、現地で見て感じた事は、ここで書こうとは思っていません。それは、僕の仕事じゃない。カメラも置いて行きました。このブログでお伝えしたいのは、「行ってきました。」と、いうことだけです。

原発事故処理、復興のスピードを奪うもの、急ぐ再稼働、そして、世の中、コンプガチャがどうのだと。狂ってるよ。

大切にするべきものから、何かが抜け落ちてる。

僕の愛した日本は、いつ、どこへ消え去ってしまったのだろう。


実は、「行かないとな」と、思っていた理由は、行って帰って来るまで分からなかった。

地震直後から種々の報道を見聞きして非常に重い気持ちを感じていたし、去年3月、個展の絵を準備しながら、自分ってのは世の中から随分遠い所にいるなぁと、思ったことは憶えている。

ただ、被害の甚大さが与える重い気持ちは、誰も皆同じ様に感じていることだし、僕は、ボランティアだと言って直ぐに体が動く質でもなく、そもそも捨て身で生活している様な者に人助けができるとも思えない。旅費ですら僕にとっては工夫を要する。「行かないとな。。」「でも、行って何に?」と、いうのが正直な思いで、重い気持ちの方はズルズル引きずったまま過ごしていました。「行かないとな、でも、」に、突如踏ん切りがついたのは、若いミキやんが唐突に「おんなじ日本に住んでるんだし、やっぱり見ておかないといかんかねぇ。」と、ボソリと婆さんの様につぶやいたとき、「そうかぁ、みんな、お見舞いくらいは出掛けないとねぇ。と、思ってるんだ。」そうか「見舞い」か。それでいい。


ゴールデンウィーク後半に、宮城県石巻、気仙沼、岩手陸前高田と、三つの港町へ出掛けてきました。

「行かないとな、」と踏ん切りが着いたのは連休十日ほど前。 当然というか、連休前でネットからではホテルの予約は取れない状況でした。交通手段も、現地での移動を考えると車で出掛けたいところですが、四日間という限られた時間と移動距離、帰省の渋滞、と、一人の運転では叶わないのは明白でした。それで、親しい人の中で「行かないとな、」と、思っていそうなひとを思い浮かべてトミーさんにメールを打ちます。 一日経って、「はい、喜んで参加します。」と前向きな一文だけのメールが返ってきました。受け取った僕の方が、奥さんは来られるだろうけど、子供達を連れて行くのだろうかと少し考えましたが、一文だけの返信の意味は、「家族で行きます。」だろうと思って聞き返さなかった。 トミナガ家のみなさん、いつも近くにいてくれて、ありがとうございます。


岡山へ。

岡山はエスプリヌーボー池田さんのところへ。僕がアポ無しで突然現れたので入り口で二度見される。お茶を頂き、お互いに近況報告。僕は、明日奈義へ行き、Nagi MOCAの岸本副館長にお会いしたい旨を告げ、池田さんから岸本さんに電話を入れていただく。岸本さんには、少しお時間を頂けるとのこと。池田さんを驚かせることと、岸本さんを驚かせない計画が完了。完璧完璧。引き続き、池田さんに先の個展の報告などをしていると、なんと、岸本さんが画廊に登場。 ?。 ・・驚かされましたわ。。奈義ではなく、画廊の近くで電話を受けておられたそうで。。画廊に入るのは楽しかったでしょうねぇ。僕は奈義へ入る前にいろいろお話を伺う事ができました。その後、シマムこと島村氏も呼び出してエスプリでのグループ展の最終調整。

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翌日は地道で岡山から奈義へ。

また別の機会に書いてみたいけれど、Nagi MOCAの荒川作品は僕のお気に入りです。

写真は、奈義町のエントランスと、奈義町現代美術館のエントランス

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今年10月にここのギャラリーで個展をさせて頂く予定です。

春から夏にかけて、奈義へ来てhobo-noteを埋めたいとも思っています。


おはようございます。土曜日の朝です。

昨日から長居のキットハウスの個展hobo cycling sketchesがはじまりました。

今日は4時ごろからギャラリー終了の7時ごろまで、みなさんに集まってもらって、僕が作った素人ムービーでも見てもらい、ひとときの交流の時間を持とうと企画しています。是非ぜひ、お出掛け下さい。お酒も飲みましょう。

この一週間、深夜にラジオで震災のニュースを聞いて作業をしていました。信じられない様な現地の状況を幾つも耳にして想像し、目をつぶってうつむいたり、展覧会のことを考え、如何に自分が世の中から遊離しているかと感じたり、逆に国のことを考えたり、被災地の今を思ったり、それら全てのものの未来を想像してみたり、本当にいろいろな考えや想いが頭と胸に迫ってきました。ロスとバルセロナに居る友達からも地震と日本のことを心配する電話がありました。今、ここにこの一週間で想ったことを書くには僕の頭はまだ混乱していて難しくてできません。

「こんなときに展覧会はともかく、オープニングパーティをして、お酒を飲まなくてもいいだろう。」と思われる方もおられると思います。僕の中にもそういう気持ちもあります。でも僕と同じように震災のことなどでどこか心が悶々とするならお会いして顔を見て、すこしずつなにか話すのもいいと思います。僕の絵はともかく、芸術には人を集わせる力や役割もあると思います。

では、僕は今から画廊へ出掛けますね。

Gallery KIT HOUSE ギャラリー キットハウス

〒558-0004 大阪市住吉区長居東3丁目13-7

http://plaza.harmonix.ne.jp/~artnavi/02gal.pak/03gal-tikamiti/03rental-gal/16-kit/01-kit.html#Anchor-map


絵を描くことの内訳は、「何を描くか」「どう描くか」「自分が持つ技術的スキル」「客観視」、で成り立っている。比重で言えば、「何を描くか」が、8割7分、「どう描くか」が、1割、残り3分に、ありとあらゆる事務的作業と言ってもいい事柄がひしめいている。 なので、8割7分の初めの一歩の、踏み出す方向が誤っていれば、到底完成はあり得ない。完成したと思うには、幸福な誤解が必要になる。残り3分の山を越えるには、自分を捨てられれば、少なくとも可能性は見えてくる。

では、、8割7分の成功率を高めるには何が必要か。

「犬も歩けば棒にあたる。」

投げやりですかね。。 ん、槍? 棒か。 ま、いいか。

今の僕の気分で翻訳してみましょ。

「求めずも 方々スケッチしてみれば 腑に落ちることもたまにありなん。」 タテポチ

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