森口まどか「版画にこだわる2」1990

森口まどか氏
1990年 番画廊
版画にこだわる2展 紹介文

「版画にこだわる」

最近特に若い世代の作家たちの間で、版画だけを専門にするのではなく、絵画や彫刻を制作しながら、版画も手がける人達がふえてきた。それにともなって、版画の概念そのものも拡大されてきた。そもそも絵画や彫刻、画家や彫刻家、といった分け方もしにくくなってきているのが今日の現代美術の情勢なのだから、版画だけが特別にその領域を強固に主張する必要はないであろうし、できないであろう。むしろそうなることによって、硬直した版画に対する考えが柔軟なものとなり、版画固有の豊かな表現性が、より厳正に確認されるのではないだろうか。さらに、複製や大量生産の手段と考えられて、ともすれば絵画や彫刻にたいして下位にあるものと受け取られがちであった版画芸術の、大変失礼な物言いではあるが、地位向上にもつながると思われる。今回の展覧会に出品する4人の作家たちは、全員画家でもなく、彫刻家でもなく、版画家でもない、と私は考えている。強いてあげれば、池垣タダヒコは立体の要素を強く持っているので彫刻家にちかく、立嶋滋樹は平面的な発想を行なうので画家にちかいと言えるだろうし、長尾浩幸は版の特質を巧みに利用している点から、大島成己は手わざが払拭された版画独特の画面を実現する点から、この両名はより版画家的である。いずれにせよこの作家たちは、版画を含む造形にかかわる仕事全体を通して、首尾一貫した思索を語っているのであり、それらの思索は、個々が版画とそれ以外の作品の間を往還した結果生まれる重層的なも
のであることには間違いない。
ところで、日頃版画からは離れたところで仕事を展開しているように見られがちなこの4人の作家たちは、全員版画科出身である。この事は特別な問題ではないかも知れないが、この展覧会では大切な意味を持つ。版画を起点にして自ら美術家となる事を決定した彼らが、この機会に今一度それぞれの原点を見つめ直そうとしているのである。そうする事によって、現在の美術の状況の中で浮かび上っている問題が、個々の作家にとっていかに捉えられるかが明確になるであろう。更に、こうした個々の営みが冒頭でも触れたとおり、版画領域に刺激を与え、すぐれた強度のある版画を生み出すことにもなると考える。この展覧会は、リレー形式を採っている。今回出品する4人の作家は、昨年の同展の出品作家(田中孝・中馬泰文・坪田政彦)らによって選ばれている。あの版画界華やかなりし70年代を端的に語ることのできるベテランの作家たちが認めた、次代の担い手たちである。

@